「アディダス」はたくさんの人が知っているスポーツ用品メーカーです。
本社はドイツのバイエルン州にあります。
アディダスのブランドは特にスポーツシューズの分野で有名ですが、スポーツウェアのメーカーとしても知名度は高く、サッカー日本代表の公式ユニフォームもこのアディダスが作っています。
目次
スポーツブランド「アディダス」の社名の由来とは!?
アディダス(Adidas)社は、1948年に、靴職人の息子のアドルフ・ダスラーが創設しました。
アディダスという名称は、アドルフ(Adolf)の愛称であるアディー(Adi)と、名字のダスラー( Dassler)をつなげて名付けられたものです。
もともとアドルフは、1920年から兄のグスタフと共同で、「ダスラー兄弟商会」という靴の製造会社を経営していました。
しかし双方の意見が対立してダスラー兄弟商会は1948年に解消、互いに別々の道を歩むことになったのが、そのきっかけです。
(ちなみに兄のグスタフが別れて作った会社は、後のプーマ社(Puma)です。)
アディダスのロゴの種類は!?
アディダスのロゴは、いくつかの移り変わりを経ています。
そしてアディダスが現在使っているロゴは、「アディダス スポーツパフォーマンス」「アディダス オリジナルス」「アディダス スポーツスタイル」「アディダス ブランド」の4種類です。
「アディダス スポーツパフォーマンス」ロゴは、さまざまなスポーツ用品のために使うロゴです。
「adidas」 の文字の上にスリーストライプスが右方向へ伸びる山に見えるように配置されていて「イクイップメントロゴ」と呼ばれています。
このロゴは、1990年に当時のクリエイティブディレクターであったピーター・ムーアがデザインしました。
「未来へ向けた新しい挑戦」がテーマです。
イクイップメントロゴは、当初は競技用のウェアやシューズなどの高機能の商品にだけ使われていました。
しかし1997年からは一般のスポーツ愛好家向きのアイテムにも採用されています。
「アディダス オリジナルス」ロゴは、 伝説の名品や、世界を代表するクリエイターやデザイナーとコラボレーションしたスポーツウェアに使われています。
このロゴとしては、1972年から1995年までアディダスのコーポレートロゴとして使われていた三枚の葉が重なり合う「トレフォイルロゴ」を、復刻して使っています。
トレフォイルロゴは、1971年にアドルフ・ダスラーとケイト・ダスラーが、古代のスポーツで勝利者に与えられた月桂樹の冠をモチーフとして発案したものです。
「アディダス スポーツスタイル」ロゴは「スポーツとファッションの融合」を目指した、カジュアルでファッショナブルな製品に使われています。
この製品群に使われているロゴは「adidas」の文字の上に地球を思わせる丸とスリーストライプスが重なり合ったデザインで「グローブロゴ」と呼ばれています。
登場したのはアディダスのロゴのなかで一番新しい2002年です。
そして「アディダス ブランド」ロゴは、アディダスブランド全体を表現する目的で、「adidas」の文字だけを描いたシンプルなロゴです。
「リニアロゴ」と呼ばれています。
アディダスのロゴが三本線の意味や由来とは?
アディダスのロゴといえば、三角形や三つ葉などすべてに三本線つまり「スリーストライプス」が入っています。
このスリーストライプスは、アドルフ・ダスラーによって1949年に商標登録されており、まさにアディダスのシンボルといえます。
しかし、この三本線は、単にデザインが格好良いからという理由でアディダスのロゴとして採用されたのではありません。
1940年代末ごろの革製のスポーツシューズの製造技術は、現代ほど進んではいませんでした。
そのため、長く靴をはき続けていると、次第にサイドの部分が伸びて型崩れを起こしてしまったのです。
これを防ぐため、アディダス社は靴のサイドを三本のバンドで補強していました。
この補強用の三本のバンドにデザインとしての価値も与えたのが、前述の商標登録です。
この結果、アディダスのスポーツシューズは三本線が付いた靴であるという、実用性を兼ねたブランドイメージの構築につながって行くのです。
アディダスの代表スニーカー「スタンスミス」の名前の由来は!?
アディダスの代表的なスニーカーに「スタンスミス」というモデルがあります。
「世界一売れたスニーカー」としても有名です。
そしてこのスニーカーが「スタンスミス」と呼ばれ、人々に愛されるようになるまでには、面白いエピソードがあるのです。
「スタンスミス」は、1960年代後半から1970年代前半にかけて大活躍したアメリカ人テニスプレーヤのスタン・スミス(Stan Smith)氏の名前を冠して作られたスニーカーです。
「スタンスミス」モデルは、1965年の開発当初は「ハイレット」と呼ばれていました。
ハイレットもテニス選手の名前で、このスニーカーの開発に協力したフランス人ロバート・ハイレットのことです。
「ハイレット」は革製の通気口のあるテニスシューズで、当時の白いキャンバス地一辺倒だったテニスシューズの世界では、画期的製品でした。
1970年代になってアディダスは「ハイレット」をアメリカに大々的に売り込むことになりました。
そのためアメリカの有名人がプロモーションに必要になり、当時テニス選手としてキャリアの全盛期を迎えていたスタン・スミス氏を起用することになったのです。
そのため「ハイレット」はいったん「スタンスミス・ハイレット」へと変更になったのですが、しばらくして「スタンスミス」へとさらに名前が変わり、シュータン(中央のベロの部分)には、スミス氏の写真が印刷されることになりました。
このスタンスミスはとても好評で、2012年まで生産が続きました。
そしていったん製造が中止になったのですが、2014年に復刻し、今日に至っています。
まとめ
アディダスという会社の歴史を、ブランドロゴの移り変わりという立場から、簡単に追いかけてみました。
それと同時に、アディダスのロングセラーのスニーカー「スタンスミス」の歴史を通じて、アディダスがどのようにしてブランドを作りあげて行ったかを説明しました。
本来は実用目的にすぎなかった三本のベルトを、そのまま自社の靴のトレードマークにしてしまうアディダスは、なかなかしぶとい精神を持った企業だと感じます。